2011年05月29日

本のムシ


うちのお嬢は今、修学旅行中。
先日、学校から帰って来ると「支所に本返さなきゃ」と騒いでいる。
どうしたのか訊くと、修学旅行が終わってから返却すると返却期間に間に合わないらしい。
外はここのトコロずっと雨。
「明日は休みだからクルマで連れて行ってあげるよ」
明日は早くお帰り、そう娘に約束させた。

今の家に引っ越した時に、僕が子供の頃読んだ本を子供達に譲った。彼女はそれをすでに読み終わってしまった。量も少なくないし明治文学が多かったから簡単に読み終わるとは思っていなかった。
彼女はそれでも足りず、学校の図書館からも借り、兄の中学の国語の教科書まで辞書片手に読む始末。それでも足らず行政センターの蔵書を借りるようになったようだ。
僕のブログ記事を下書きしたものも勝手によく読んでいる。
これじゃ不味い文章はますます書けない。

本のムシは両親の血を受け継いだようだ。

僕は子供の頃から病気がちで、絵と本が心の拠り所だった。
そんな僕に母親は本だけは寛容で欲しい本を買ってくれた。所有する本は増えに増え、一般家庭の4倍と言われたが、それは見えている本だけで、書棚に入らない本がクローゼットにも段ボール箱に詰められていたから、我が家の本の量は相当な量だろう。それらの本は貴重な資産で子供達に譲ったわけだ。
子供達にはそんなだから本の読み方を徹底的に教えた。それを早くから習得して可能性を見せたのは娘だった。
本の返却だけだったはずが、次に借りる本を物色する娘とのデートは新たな本を探す僕の時間でもある。
新刊に大江健三郎が入っていたし、まだ読んでいない司馬遼太郎もあってこれは借りておこうかな、と思ったりする。その間に彼女は、目ぼしい本を見つけカウンタで貸し出しの手続きをしていた。これは夏休みに県立図書館に連れて行かなきゃならないかな。

ところで本好きの娘はともかく、長男といえばコンピュータのムシ。
と、ばかり思っていた。
彼の悩みの種は毎年の「夏休みの読書感想文」だった。
それで去年の夏休みは僕から課題書を提案した。

本のムシ

百田尚樹氏の『永遠の0』である。題材は戦争末期の特攻隊員の話だ。終戦65周年に相応しい内容と考えてのことだった。
400ページを超えるボリュームだが、僕なら一晩で読めるので彼に与えた。
このとき、僕は例文を作成してまで彼をバックアップしようとした。本の行間の読み方も指導した。
しかし、彼はギリギリまで実行しなかった。
夏休み最後の日にハッパを掛けて渋々やった感があった。
しかし、翌日の朝、コンピュータの画面には彼の作文が完成していた。
それも僕の予想を裏切って・・・


 僕は、戦争中の兵士のあまりにもひどい扱いを知りました。
 この、「永遠の0」を読んで、僕は、とてもたくさんのことを知りました。僕は、戦争のことを、あまり詳しくは知っていませんでした。
 司法試験に四度も落ちて、挫折してしまった佐伯健太郎は、フリーライターの姉から、祖父の調査の手伝いを頼まれます。現在の祖父は、血がつながっていないことは知っていました。本当の祖父は、特攻で死んだということしか知りませんでした。調査は、祖父宮部久蔵の戦友に話をきいていく、というものでした。最初にきいた戦友は、宮部を臆病者と言ったが、次にきいた戦友は、また違うことを語ります。何人もの戦友に話をきくうちに、少しずつ宮部久蔵がどんな人物だったかが分かってきます。
 宮部は、生きて帰ることを一番に考えていました。生きていなければ、何もできないし、家族が悲しむというのは、確かにそうだと思います。しかし、それを戦争中で、しかも兵士でありながら言ったことで、臆病者と思われました。それは仕方のないことだと思います。僕も、その時代に生きていれば、そう思っただろうと思います。
 宮部は、特攻には志願しませんでした。特攻は、志願制ではあるものの、ほとんど命令のようなもので、志願しないのは、かなりの勇気が必要です。こんな勇気があるのはすごいことだと思います。
 しかし、宮部は最後は特攻に参加します。僕は、特攻に参加したのは、以前、助けてもらったときの恩返しなのかなと思います。
 戦争中の兵士の扱いはかなりひどかったようです。兵士は道具のように扱われ、兵士より飛行機を大事にしました。また、階級が上の人たちは、どんなミスをしてもほとんど責任を問われなかったそうです。なぜ、こんなことができたのかと思います。はっきり言って人間でなかったのは、兵士ではなく、指示を出している上の階級の人たちだったのです。実際、無謀な指示はいくつもあったようです。特攻も一つの例かもしれません。
 自爆テロは、よく特攻に例えられることがあるそうです。確かに自分から突っ込んでいくところは同じかもしれませんが、自爆テロと特攻は違うものだと思います。特攻は、志願した人が行くけれども、はっきり言って命令だったので、本当に志願したくて志願した人はほとんどいなかったのではないかと思います。戦争でなら死んでもいいと思っていた人はいても、死にたいと思った人はほとんどいないと思います。自爆テロと特攻とでは、実際には状況も心情も全く違うものだと言っていいと思います。
 戦争は決していいことではありません。たくさんの人を殺し、傷つけます。しかし、戦争で戦った兵士の人たちの心はとても素晴らしいものだったのだと思います。戦争に関わった人たちを批判することはいけないと思います。僕たちは、戦争について、もっと考える必要があるのです。



400字詰め原稿用紙4枚でこの本の全容を語ることはかなり難しい。
そのため「どこに注目して書くか」が重要になる。
僕は例として宮部の家族への想いを上げていたが、まだ子供を持たない中学2年生の琴線には響かなかったようだ。代わりに人間の尊厳とテロに多くの紙面を割いてきた。彼は人を人として扱わない無責任な軍部の高官に憤りを感じたようだ。1冊の本でも読み手の立ち位置によって感じ方が変わるいい例だろう。
あまり本を読まないと思っていた彼が、1回だけ読んでここまで深く迫ってくるとは思っていなかっただけに、いい意味で裏切られた。
時間不足で全体構成の練りが不足している感はあるが、中学2年生が感じたピュアな心境が素直に綴られていた。

最後に来る言葉は最も感じたことを書かなきゃならないよ。
そう彼に言ったが、最後の括りは「戦争について、もっと考える必要があるのです」としてある。この本を通じて太平洋戦争とはどのようなものだったのか「学校の歴史」では教えないディテールを感じ取ったからだろう。それが「知らない自分」への衝撃と反動となって出た言葉だと思った。
受験のためにする勉強は「知った」ことにはならない。
例えば廃藩置県。
明治4年に行われた中央集権のための国家改造であるが、多分、江戸時代から続いていた藩制を廃止して県を設置した、というような解説だったと思う。しかしこの裏側には全国で200万人ともいわれる藩士の失業が含まれていた。当時の人口から考えても大量の失業者が生まれたことになり、それも青天の霹靂のようにある日突然降ってきた事件だった。明治初期の藩士たちの生活は激変したと思っていい。
そもそも藩という呼び名は江戸幕府での呼び名ではなく、明治になって府藩県三治制が制定された時に公式に呼ばれるようになったのである。因みに江戸時代は藩の一般的な呼び名を「領分」と言っていた。
多分に明治国家形成の重要なファクターに藩士の失業が関わっている。
司馬遼太郎は「明治という国家」の冒頭で昭和はまるで別民族になったかのようだ、と評しており、戦争を通して軍の高官を初め官僚たちが国家の解体を行った、と書いている。彼が感じた軍部への憤りは司馬が指摘していることと極めて近いのかも知れない。

ところで本書の解説には今月16日に胃がんのため逝去された俳優児玉清氏が寄せている。彼は有名な「本のムシ」だった。守備範囲が広く様々な分野の本で解説をお書きになっている。その児玉氏がこの本を大絶賛している。
心よりご冥福をお祈りします。



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Posted by *clear* at 15:34│Comments(2)受験・進路
この記事へのコメント
何度か手に取って、また置いた本です。

読まれた本を娘さん娘さんに手渡した事。

また
息子さんに課題を出して、しかもなお冷静に批評している事。


子供さんにとって大きな財産となるでしょう。
Posted by もんじゅ at 2011年05月29日 17:25
>もんじゅさん

子供に知を受け継ぐのは僕のテーマでした。
彼等にまだ渡していない本は数多くありますが、
もう読ませてもよいように思っています。
江藤淳はそろそろ読ませてあげたい。

まだ「永遠の0」をお読みでないなら是非読んでみてください。
最初のインタビュー部分は冗長な感がありますが、
後半で利いてきます。
息子の感想文でも読む人のことを考えて、核心部分に触れていませんので。
Posted by *clear**clear* at 2011年05月29日 20:32
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